
■ 生年月日:1970.8.25 ■ 出身地:栃木県佐野市
■ 身長、体重:174cm、77kg ■ 血液型:B型 (Rh-)
■ 投打:右/左
■ ドラフト:1988年/外
■ 経歴:足利工業高校ー大洋・横浜(89年〜)
本格的に野球を始めたのは小学校3年生。父親が監督を務める「学童野球クラブ」。
足利工業高校では1年生からエースとして活躍、2年生の夏は甲子園のマウンドに。
89年ドラフト外で大洋に入団。1年目の10月に初先発初勝利。順調なスタートを切ったかに見えたが、その後2年間は勝星なし。
そんな中頭をよぎったのが「野手転向」。日に日に意志が固まり3年目の秋、遂に監督に直訴。忠徳から改名し、92年から“野手石井琢朗”の歩みが始まった。
野手転向2年目の93年に初の盗塁王を獲得。翌年は全試合出場、95年初の3割をマーク。球界を代表するリードオフマンに。
98年、チーム38年ぶりの日本一に大きく貢献し、「人生初のうれし涙」を流す。
その後も最多安打、全試合出場など、実績を積み重ね、2006年5月11日に2000本安打達成。
投手としてプロで勝利をあげた選手が2000本安打を打つのは、“神様”川上哲治以来50年ぶりの快挙。
年間150本安打以上の達成回数9回は、長嶋茂雄に次ぐ歴代2位タイ。輝かしい記録の裏には、投手断念野手転向という苦難の時期を乗り越えた強い信念がある。だからこそ人の痛みがわかり、感謝の気持ちを決して忘れない。常に前向きであり、現状に満足せず進化を続ける。それが「琢朗主義」である。
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