今朝、チームサポーターの東から僕の携帯に連絡があり
同じくチームサポーターの石田さんの訃報を知りました。
石田文樹さん、享年41歳。
かつては甲子園で当時2年生で桑田さんや清原さんがいた
強豪PL学園を破って全国制覇した取手二高のエースです。
そしてチームサポーターといっても僕にとっては
89年、大洋ホエールズの同期入団。
社会人と高卒という年齢の差はありましたけどね。
最初は二人とも投手。13番と66番。
投手時代は同期ということもあって一緒にいることも多く
社会人の先輩としてもいろいろとお世話になりました。
途中で僕は野手に、そして石田さんは打撃投手になり
今度は僕を影でサポートしてくれる立場に。
同期で唯一、同じユニフォームを着続けてた人です。
やっぱり思い入れだって人一倍あります。
だから、この訃報はとても辛いんです。悲しいんです。悔しいんです。
開幕してから1ヶ月くらいたった頃かな。
トレーナーに石田さんが癌だということを知らされて。
その時もすごくショックでね。
でも手術すれば良くなる様なことを言っていたので
術後に一回だけ顔を見に行って。
元気そうではいたんだけど、やっぱり顔とかやつれててね。
それから、しばらくして石田さんの余命を聞くことになったんだけど、
そしたらもう、見舞いに行けなくてね。
だって、まともに顔見れないもん。笑えないよ。
だから、今日までがほんとうに辛かった。
今日という日がいつか来ると覚悟はしてたものの
来たら来たで、こんな辛いものはない。
石田さんの病院での唯一の楽しみがベイスターズ戦を観ること。
いつも見舞いに行ってた東には
「もう一度、ユニフォームを着たい」って言ってたらしいです。
そういう想いも知っていたから、特にね。
着せたかった。もう一度、投げてもらいたかった。
勝ちゲームをいっぱい、いっぱい見せてやりたかった。
それができなかったのがすごく悔しい。情けない。
石田さんとはここ20年、強い横浜も弱い横浜も見てきました。
せめて強い、勝っている横浜を見せて送り出したかった。
スミマセン、石田さん。
今、めっちゃ泣いてます。
告別式とかで会えるんだろうけど、多分言葉にならないと思うから
ここで書かせてくださいね。
もう、今年は年明けからこんなことばっかりで、ほんと辛いです。
身近な人たちが次々と逝ってしまう。どんだけ泣いたかわかりません。

今年の宜野湾キャンプの休日でのひとコマ。
右から2番目、僕の隣にいるのが元気なときの石田さん。
こうやって一緒にラウンドすることも多かったな。
でも、実はこの頃から病魔は石田さんの身体を蝕んでいたんですよね。
せめてこの時に知っていれば・・・。
「石田さん、ゴルフなんかしてる場合じゃないよ。病院行きなよ」
て、言えたのにね。
この時から一ヶ月経ってからですからね、病院行ったのは。
そうすれば、石田さんは生きれたかも知れない。
そう考えただけで、残念でなりません。
無念です。
そんな石田さんの亡くなった日に、久しぶりのスタメンだったので
どうしても勝ちたかった、打ちたかった。
けど、ツキがなかった、今日に限って。
最後の最後まで石田さんを喜ばすことができなかった。
すみません、石田さん。
でも、石田さんのことは忘れませんよ。僕ら同期ですもんね。
これからは石田さんの分まで・・・頑張れるかどうか微妙なとこですけど
「石田さんの味わった苦しみに比べれば僕らの苦しみなんて」
という思いを胸に、なんとか残りの今シーズン、頑張りたいと思います。
残された家族を思うとほんと辛いですけど、
石田さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
ほんとうにありがとうございました。
ゆっくり休んでください。